なんて勿体無いことを・・・

強烈な出会いだった。
半年に一度あるかな? くらいの楽しさだったのに俺は曖昧な微笑みを浮かべてスルーしてしまった。
後悔先に立たず。

 

時はさかのぼって1.5時間ほど前。

彼女は池袋から明治通りで新宿に向かう上り坂を、俯きながら少しだけ苦しそうに自転車で登っていた。
俺は、追いついてしまったものの、暑さで体調も悪くクランクからも奇妙な音がしていたので、追い抜かずゆっくりと彼女の後ろを走っていた。

俺は若干よろけながら苦しそうに登っている彼女を見て、後続車との接触などをしないように車道側に大きく寄ってブロックラインを走っていた。

俺が車道側に大きくオフセットしているためカーブでは後続車は抜いてこない。

直線になり視界が開けると、すぐ後ろにいたハゲのロードバイクが猛烈な勢いで追い抜いていった。
そして更に数台の車が俺達を追い抜いていった。
追い抜いた車は、すぐに前の車にひっかかりだらだらと上り坂を登っていった。
ハゲは頂上にある信号を無視して爆走してった。

 

あいかわらず彼女は全身を使って重いペダルと格闘している。
俺はもうすぐ頂上だと、心の中で応援しつつ平地になったら追い抜いて前に出る準備をし始めていた。

 

前を走る彼女は、あと15メートルほどで坂の頂上というところで、大きく空を見上げ・・・突然叫んだ

 

 

「ファッキン 排気ガス ちょーくせぇよぉぉぉおおおぉぉぉお!!!!」

「ハゲェェェェ !! くそはえぇえぇえぇぇ!!!」

 

「ちぃーきしょぉぉぉおおぉぉおおっぉぉぉ!!!!!」

 

あまりに上げしい叫びのためか、かぶっていた帽子が俺の目の前に落ちた。
うぉぉ、これは面白いぞ !

拾って、ジュースでも奢って変人仲間にしよう。

 

いやまて、俺はお腹を壊していて、更に暑さで朦朧としながら家路を急いでいたんじゃないのか?
それにここは埼玉だ。 埼玉は怖いところだ。 魔境グンマーの玄関口だ。

一瞬のうちに激しい葛藤をしていると、すぐ後ろを走る俺に彼女が気づいた。
こちらを振り返り、ハーフっぽい顔ではにかんだ。

 

「きょ、今日の排気ガス ヒドイネ♡」
「あ、いつもヒドイネ・・・あはは」

 

おい、狂気はどこに落とした?
帽子かぶると、もう一度その狂気を見せてくれるか?

よし、爆笑しながら帽子を拾い・・・・・!!??

 

は、腹が痛い !!!
ちょっとまて、俺・・・うんこ我慢しながら家に向かってた。 そうだった。 たったの3時間走るうちに何回トイレに駆け込んだんだ俺は。 仮に、仮にだ、ここで声をかけるだろ、ちょっとそのへんでお茶しようにも俺は汗まみれのサイクルジャージだ。 公園の自動販売機が関の山だぞ。 よく考えろ俺、ここはグンマーの玄関口埼玉だ! 突然刺されて熊鍋にされても文句は言えないぞ。埼玉怖い!! それよりうんこだよ。 どうするんだよ俺。 おっぱいよりうんこだろ俺。

 

頭の中が様々な葛藤でイッパイになってしまった俺は、彼女に曖昧な微笑みを向けて、その場を立ち去った。

 

ちょっと面白くも甘酸っぱい初夏の物語だな。
なんて、シャワーを浴びながら思ったので、ここに書き残しておく。